第5回
青森から世界の医療を創造する

総合診療の近未来を切りひらく
青森発!クリエイティブなメンタリティが総合診療をガラリと変える

弘前大学総合診療医学講座の加藤博之教授に聞いた、青森県の地域医療が培ってきた総合診療のポテンシャル(潜在力)、そして青森県から発信する、近未来の総合診療を根底から変えうるイノベーションとは?

青森県では“顔と顔の見える関係”が医学教育の基盤を作ってきた

  • 加藤 博之 (かとう・ひろゆき)

    弘前大学医学部附属病院
    総合診療部 部長 /
    総合診療医学講座・教授
    加藤 博之 (かとう・ひろゆき)

    佐賀医科大学卒業(昭和59年)
    専門:総合診療、プライマリ・ケア、一般内科学、老年医学、救急医学、医学教育

弘前大学医学部附属病院(以降、弘前大学)は、青森県におけるがん診療や救急医療など、高度な三次医療機関としての役割はもとより、医学生を育て、優秀な若い医師を輩出する医育機関としても重要な役割を担っています。私が佐賀医科大学から弘前大学の総合診療部に教授として赴任したのは、新臨床研修制度が施行された2004年のことでした。生まれも出身大学も青森県とは縁もゆかりもなかった私ですが、赴任と同時に卒後臨床研修センター長も兼任し、卒前卒後の教育に広く携わって参りました。具体的には、卒後臨床研修のソフト面・ハード面の充実に努めてきただけでなく、県全体に展開する卒後臨床研修に連なるシームレスな卒前教育の工夫や、逆に卒後臨床研修を終えてから進むことになる専門研修プログラムの充実にも力を入れてきました。

少し視野を広げて青森県全体を見てみましょう。青森県は人口10万人当たりの医師数で全国でも医師不足に数えられる県の一つですが、逆に言えば、どこの病院にどのような医師がいて、どういう医療が得意であるかなど、お互いの顔が見えるのも大きな特徴です。こうした医療環境、信頼関係を基盤として、医学生や研修医を県内様々な施設に多数派遣して実習・研修を行えるネットワークが確立しています。どうしたら県内の医師の力を結集し、総力を挙げて医学生や若手医師の教育を行うことができるのかについての工夫を長年にわたって続けてきたのです。このことは私が専門とする総合診療の分野でも、同様の構図があると言えるでしょう。

弘前大学は地域の優れた総合診療医たちと連携した教育を展開している

私が弘前大学に赴任した当時から、青森県には既に事実上の総合診療医として活躍されている優れた医師が数多くいらっしゃいました。青森県ではたとえ臓器別専門医であっても、個々の医療現場では多くの医師が程度の差はあれ総合診療的な医療に係わっており、皆が力を合わせて地域医療を支えてきたのです。厳しい医師不足の環境が、逆に総合診療を育む土壌を形成してきたとも言えるでしょう。それぞれの医師や医療機関の立場や事情の違いはあっても、互いにその違いを認めつつ“緩やかな連携”を図る。このような基本方針が現在の青森県の総合診療を形づくる基盤となっています。約10年前から県内の総合診療に携わる医師たちは少なくとも年に1回集まって交流を深め、また新専門医制度の発足とともに「総合診療専門医」が創設されることが決まった4年前からは、青森県が後援して「総合診療医育成フォーラム」を正式に立ち上げ、一層結びつきを深めています。

さらに、弘前大学総合診療部は、地域医療に秀でた自治医科大学出身の医師との連携や交流がとてもうまくいっています。その設立当初から、医学生に対して、地域医療の現状や医療者としての思いを、弘前大学の授業で非常勤講師として講義でお伝えいただいたり、また実際に地域の医療機関で直接指導いただいたりなど、総合診療の学びのカタチを徐々に具体化してきました。そして現在は、自治医科大学出身の医師が常勤スタッフとして大学に加わり、臨床・教育・研究の観点から地域医療・総合診療に大きく携わっていただいています。医学生は将来医師として大小様々な医療機関で、また様々な立場で医療に携わるわけですから、医療は必ずしも大学病院の中だけで行われるのではないこと、医師や医療施設はそれぞれに役割を分担し責任を負っていること、それゆえに医師同士また医療機関同士の連携が重要であること、などを医学生に伝えるのは、とても大事なことだと思っています。

青森県の地域医療には、新たな先端技術が生まれるクリエイティブな環境がある

地域医療やへき地医療のイメージとして、医療資源に乏しい環境の中、医師が一人で聴診器一本のみで奮闘する医療をイメージされる方も多いかもしれません。しかし、昨今ではインターネットや各種テクノロジーの発達により、その内容は大きく様変わりしてきました。腕時計型のいわゆるウェアラブル端末によりバイタルサインが手軽にモニターできるなど、ヒトの健康情報を小型・安価・高性能の医療機器により、外来医療はもとより、在宅医療、高齢者の施設など病院以外の現場で幅広く活用できる時代になってきています。今後このような流れはさらに加速してゆくでしょう。総合診療は、そもそも「患者さんに寄り添って身近な医療を提供する」ことを役割としていますから、患者さんや医療者が気軽に使える“身近な質の良い軽装備”とも言うべきこれら小型・安価・高性能の医療機器との相性はとても良いのです。弘前大学総合診療部では、少子高齢化を背景とした医療現場の課題が膨らむ中、「住民が安心して地域で生活する」という尊厳をできるだけ損なわないためにも、このようなテクノロジーを活用した総合診療の可能性を積極的に探究しています。

その一例に「ポケットエコー」があります。近年の技術革新によってデスクトップパソコンがノートパソコンに、さらにはスマートフォンに変貌してきたように、超音波診断装置(エコー)も、従来の検査室にある大型のエコーからスマートフォンサイズの携帯型エコー(ポケットエコー)にまで進化してきました。最近では、スマートフォン/タブレットにUSB接続し、画像情報を遠隔地に送信する機能を有するものも出現しており、弘前大学総合診療部はその開発・研究・普及の先駆けとなる活動をしてきました。その手軽さから、「第二の聴診器」とも称されるポケットエコーは、医師のみならず看護師を初めとする多職種が、病棟・外来・在宅など多様な医療現場で、安全かつ良質な医療を住民に届けることを可能にしつつあります。広大な面積を抱え医療資源が行き届きにくい青森県だからこそ、このような優れた軽装備を活用したイノベイティブな総合診療が着想しやすかったといえますし、また地域医療や介護現場に対して大きなインパクトを与えうると期待しています。

これから日本全国へ、そして我が国より遅れて高齢化を迎える世界の国々の医療に大きなインパクトを与えるだろうと考えると何だかワクワクしませんか?このような面白さと夢が、我々の活動には詰まっていると思います。弘前大学総合診療部は、このようなクリエイティブなメンタリティを持った集団だといえるでしょう。

医師としてのプロフェッショナリズムを身につけ、青森をホームグランドに幅広く活躍してほしい

私は医学生や若い医師たちに、医師として大切なことは以下に示す、自分、他人、そして社会に対する3つのプロフェッショナリズムを身につけることであると常に説いています。

【自分に対するプロフェッショナリズム】
医師という職業人として常に自ら研鑽し続けることです。
【他人に対するプロフェッショナリズム】
患者さんやご家族はもちろん、共に働く同僚等、他者に対して十分なコミュニケーションを保ち、誠意ある、そして責任ある行動を取ることです。
【社会に対するプロフェショナリズム】
医師として社会からの期待に応え、求められている使命と責任を果たすことです。この使命や責任の中には、後輩医師を育成することや研究を行うことによって医学を進歩させることも含まれると思います。

こうした医師としてのプロフェッショナリズムは、日本では長年にわたって先輩医師がその背中を見せることで培ってきましたが、現代では働く場が多様になり、若手医師がいわば労働市場を渡り歩くようになって、常に先輩医師の背中を見ながら成長することが難しくなってきています。しかし、そのような時代だからこそ、それぞれの医師が常に責任感や使命感を強く自覚して行動することが求められていると思います。特に研究の本当の面白さや醍醐味を経験する前に大学を離れてしまった若い医師の中は、「研究は難しくて遠い存在」だと感じる方々も多いようです。早くに大学病院から離れてしまうことにより、医師として大きく成長できるチャンスが失われているような気がしてなりません。研究は、自身の臨床経験から出発して、新しく得た知見を社会全体に還元する方法の一つであり、ワクワクするような面白さを持つものです。そして先人達の絶え間のない研究の積み重ねによって現代の医学・医療は成り立っているのだと改めて自覚すべきだと思います。

若い医師のみなさんには、青森県をホームグランドとして、医師としてのプロフェッショナリズムを常に自覚しながら、地域医療で医師としての基礎を培い、他の施設や医師と連携し、国内留学や海外留学、そして研究などの様々な経験を積みながら、医師として活躍できる場を広げていってほしいと願っています。

取材・撮影:2017年11月1日