第9回
人を診て、地域を診る

 

「先生でいいよと頼りにされる医師」の育成と
「先生でいいよと頼りにする地域」づくり

本州最北端の地域医療を支えるため、外科の研鑽を積み2018年に青森県に戻って来た丸山博行先生。「地域医療のマインド」をもった医師育成のための新たな取り組みと、青森の地で医師として成長する魅力を聞いた。

Q 地域医療に興味をもったきっかけ、また必要とされる医師になるためにどのような研鑽を積まれましたか

  • 丸山 博行(まるやま・ひろゆき)

    青森県立中央病院 総合診療部副部長・地域医療支援部長・健康推進室長
    公立七戸病院 総合診療医長
    丸山 博行(まるやま・ひろゆき)

    自治医科大学卒業(1996年)
    専門:総合診療、へき地医療、
    一般外科

父の仕事の関係で青森県三戸郡田子町に住んで「田舎の良さ」を経験し、青森の地域医療に貢献したいと思って自治医科大学に入学したので、もともと地域医療に興味はありました。
「地域医療がしたい!」と強く思うようになったのは、医師になって3年目に、「4年ほど前から右下腹部が痛い」と訴えて、朝の4時に救急外来を受診した患者さんがきっかけでした。医師の立場からすれば『前から痛みがあるのなら、なぜ平日の日中に来ないのか?』と思うじゃないですか。やはり、医療資源の乏しい地域では早期受診、早期治療のために住民が病気を知ることや健康を保つための啓発活動が必要であると実感したんです。それをすることで医師の負担軽減に繋がるだけではなく、地域が健康になり、救急を要する患者さんも減らすことができると考え、「地域医療がしたい!」と強く思うようになりました。

青森県は医師数が少ないため、医師には専門以外の幅広い診療も求められます。
へき地の病院や診療所に勤務していた若い頃、上の先生がいたのは2、3年くらいで、あとは一人で全ての患者さんを診ていました。何でも診なければいけないので大変でしたが、その頃が一番勉強になりましたし、住民のみなさんが頼りにしてくれていたのでやりがいも大きかったです。
そうしたへき地医療の経験から、外科の手技を研鑽することが必要だと感じました。当直で外傷患者さんや虫垂炎(俗に言う“盲腸”)の患者さんが運ばれてきて、専門外だから傷が縫えない、手術ができないでは地域医療が行き詰まってしまいますし、目の前に患者さんがいて何もできない医師や病院は寂しいですよね。ですから、外科を本格的に学ぶために青森県を離れ、自治医科大学で7年ほど外科医としての研鑽を積みました。

Q 外科を研鑽した後、再び青森県に戻って地域医療の新しい取り組みをされています。そのきっかけとなったのは何でしょうか

ある公開講座で講師の医師が、「患者さんから『先生でいいよ(better)』と言われるが、本当は『先生がいいよ!(best)』と言われたい。でも『先生でいいよ(better)』と言われる“妥協の関係”が大切だよね」といった話をされていました。
つまり、bestな専門医療を受けることができない地域(へき地)では、『先生でいいよ』というbetterな医療でも構わない、医師と住民とのある程度の妥協の関係が大切だということです。
青森県には専門医療を受けることができない地域が多く存在しており、「心地よい医師(医療)と患者(地域住民)の妥協の関係」を築くための活動が必要だと思い、2018年10月に青森県に戻って来ました。

Q 「心地よい医師(医療)と患者(地域住民)の妥協の関係」を築くための具体的な取り組みを教えてください

10年以上に及ぶ地域医療の経験を通して以下のような取り組みが必要であると思い、2019年2月1日に青森県立中央病院に「地域医療支援部」を立ち上げて活動を始めました。

<「先生でいいよと頼りにされる医師」の育成・派遣と「先生でいいよと頼りにする地域」づくり>のために

1.医師以外の地域医療のキーパーソンをみつける
医師に異動は付き物で、医師がかわっても地域にあった医療の継続が可能になることが考えられる。
2.医師と気軽に語り合える場をつくり、顔のみえる関係を目指す
医師が病院・診療所から地域に出て、住民への健康や病気に関する啓発活動を行うことなどにより、精神的近接性を高めることができる。
3.医師を含む職員にとって魅力ある病院・診療所にする
職員がいきいきと働いている病院や診療所は、患者さんにとっても魅力ある病院・診療所と考えられ、職員が自分の家族も診てもらいたいと思える病院・診療所が理想。
4.“お医者さん”を知ってもらう
徹夜の医師の認知・精神運動作業能力(cognitive psychomotor performance)は、ビール大瓶2本飲酒後のほろ酔い期に相当するとの報告もあり、“医者はスーパーマンではなくただのヒト”であることを知ってもらう啓発活動が必要。
5.医師が“患者さん、地域”を知る
地域を知らないとその患者さんにとって“医者の常識は非常識”になることがあり、医師自ら“目の前の医者を信じてもらえるように”努力することが必要と考えられる。

以上に示した取り組みはもちろん、地域では総合診療医となり、県病内では専門医として働く“「地域医療のマインド」を持った二足のわらじ医者”の派遣を行うのみではなく、「先生でいいよと頼りにされる医師」の育成を目指し、さらに“「地域医療のマインド」を持った二足のわらじ医者”を受け入れてもらえるような「先生でいいよと頼りにする地域」づくり活動にも力を入れたいと思っています。
働き方は「いつも地域、ときどき県病」でも、「ときどき地域、いつも県病」でも、「ときどき地域、ときどき県病」でも構いません。一緒に青森県の地域医療のために少しでも貢献したいと思っている医師を募集しています。

Q そもそも、なぜ青森県には「地域医療のマインド」を持った医師が必要なのでしょうか

青森県には、専門医の充実している病院が数カ所しかなく、地域の患者さんは専門医に直接かかることができません。ただし、専門医でなければ対応できない疾患も多くはなく、青森県の医師に求められているのは、地域住民の多種多様な幅広い健康問題に対応できるスキルです。
また、住民側も診療範囲の広い医師にかかることで、地元で解決できる健康問題が多くあることを認識していただき、そのための住民教育も重要となってきます。
地域において、住民が医師の狭い診療範囲に合わせるのではなく、医師自らが地域のニーズに合わせる「地域医療のマインド」が必要ですし、青森県に限らず、医師は若いうちに「地域医療のマインド」をもって幅広い診療を経験することが重要だと思います。

Q なぜ若いうちに幅広い診療を経験することが大切なのでしょうか

若いうちに高度な専門性を求めたり都市部の医療に惹かれたりするのは当然だと思います。
しかし、狭い範囲の診療を極めてから幅広い診療を行うにはハードルが非常に高くなります。その逆で、若いうちに「地域医療のマインド」をもって幅広い診療を研鑽してから専門性を高めることは充分可能です。
若い頃に幅広い診療を研鑽することで、総合診療医と専門医の二足のわらじを履ける医師として、どの地域や病院からも必要とされ、活躍できる医師になることができるでしょう。

ただし、医学生や若い医師のみなさんが「地域医療のマインド」に興味をもってもらうためにはロールモデルとなる医師や指導医が必要です。自治医大卒の医師に限らず、地域医療に興味のある医師を募り、若い医師のみなさんのロールモデルとなる「地域医療のマインド」を持った指導医を育成して各地域に派遣し、総合診療を学ぶ大きな土台を造りたいと思っています。

Q 医学生や若手医師のみなさんにメッセージをお願いします

患者さんは目の前の医師を頼りにしています。どんな症状でも、自分の専門外でも何とかしてあげるのが医師の役割であり、患者さんの立場を第一に考えた医療を実践できる医師になってほしいと思います。
<「先生でいいよと頼りにされる医師」の育成・派遣と「先生でいいよと頼りにする地域」づくり>を目指すために立ち上げた「地域医療支援部」の活動は始まったばかりです。地域医療は地域づくりでもあり、青森県では、総合診療医と専門医という二足のわらじを履くことができる医師を目指すことができると共に、医師として大きく成長しながら地域づくりに貢献することができます。
「地域医療支援部」では青森県の地域医療のために働いてくれる医師を募集しています。共に青森県の地域医療を盛り上げていきましょう。

写真は公立七戸病院のみなさんと
青森県立中央病院「地域医療支援部」
https://aomori-kenbyo.jp/shinryo/chiikiiryo
取材・撮影:2019年10月15日