第7回
暮らしを大切にする医療とは何か

暮らしやすい青森県に貢献するために、
暮らしにコミットした医療を考え続ける医師の挑戦

医療と地域の関係性を考える、青森県立中央病院総合診療部の平野貴大先生の挑戦。

総合診療医として青森県に貢献したい
青森県という素晴らしい場所で暮らし続けたい

  • 平野 貴大(ひらの・たかひろ)

    青森県立中央病院 総合診療部
    (弘前大学附属病院 総合診療部 研修中)
    平野 貴大(ひらの・たかひろ)

    2012年 自治医科大学卒業
    専門:総合診療

私は今、弘前大学附属病院総合診療部(以降、弘前大学)で研修を行っています。また、今年から弘前大学大学院研究科総合診療医学講座の社会人大学院にも入学しました。私は青森市出身で、2012年に自治医科大学を卒業しました。自治医科大学は、へき地医療、地域医療の充実のため、自治省(現、総務省)により設立された大学です。通常の医学部は日本全国の受験生から一律に選抜を行いますが、自治医科大学では、各都道府県が入学志願者の選抜を行います。自治医科大学への入学志願者は出願する都道府県を一つ選びます。各都道府県から2−3名が合格し、合格者は入学費や学費が免除される代わりに、大学卒業後に出願した都道府県で原則9年間のへき地での勤務をすることになっています。これまで初期臨床研修2年間を青森県立中央病院で行い、その後、マグロで有名な大間町にある国民健康保険大間病院(以降、大間病院)で3年間勤務した後、現職に就いています。

地域医療を志した理由

私が地域医療に明確に興味を持ったのは学生時代に、六ケ所村尾駮診療所(後の六ヶ所村地域家庭医療センター:以下、尾駮診療所)で研修を行ったときでした。当時、医師の仕事とは、病気を見つけ、すぐに治すことだと、私は思っていました。ところが、尾駮診療所では、診断の枠に当てはまらない人、病気はわかったものの病気に対する不安や想いで苦しんでいる人など、病気を治すことを目的とするだけでは解決できない事例も多く経験しました。尾駮診療所ではPatient-centered Clinical Method(以降、PCM)という方法論で、そういった人たちのケアを行っていました。PCMとは、患者さんの“病気“(disease)だけでなく患者さんの病気に対する想い(illness)や、患者さんの自然史(person)、そして患者さんを取り巻く文脈(context)を明確に意識することで、患者さん自身を診るための方法論です。患者さんの病気の治療だけを目的とするのではなく、PCMを用いてより深く理解することで、医療を通して患者さんの暮らしの改善に貢献するという尾駮診療所の地域医療の考え方に強く共感をしました。その時の思いが地域医療を志したきっかけになっていると思います。

大間で地域医療の現場を体験して

初期研修を終えてすぐに、大間病院で働くことになりました。ご存知かもしれませんが、大間町は本州の最北端、“大間のマグロ”が有名な町です。大間病院に勤務する医師6名は、代々自治医大卒業生の医師が務めています。大間病院では、医療設備が乏しいため専門的な治療を行うことはできません。患者さんの生活習慣病を代表とする慢性疾患の管理、限られた設備の中でできる検査・治療、重篤な病気を早期発見し専門の病院に紹介することが大間病院での主な業務でした。診療する病気の種類も専門科に関係なく、自分の技量の範囲でできるだけ多くの病気を診ていました。

学生の頃に尾駮診療所で体験したとおり、大間の診療でも病気を治すことを目的とするだけでは解決できない現実に直面することが多くありました。例えば、病気が治っても、認知症・後遺症により自宅に帰れない患者さん、慢性疾患があっても自分の病気に興味がなく治療に非協力的な患者さん、老化のために自分で食事を摂ることが難しくなり、むせこみによる肺炎を繰り返す患者さん。

学生の時ではPCMで評価するところで終わっていましたが、医師なった私は、PCMを通してなんらかの行動を起こす必要がありました。PCMを通して患者さんを診たときに、医師が介入できるのは、主に病気(”disease”)の部分が主になります。それ以外の、病気に対する想い(illness)や、患者さんの自然史(person)、そして患者さんを取り巻く文脈(context)に介入するには、医者だけでできることは限りがあります。そこで、医師以外の職種の方と協力して患者さんを診ていく必要が出てきます。大間病院は、自治医大の先生が代々務めていたということもあって、そういった多職種で連携を取ることができる仕組みがすでにありました。毎週、病院のナースステーションで、医師・看護師・療法士・社会福祉士・ケアマネージャーが集まるリハビリカンファもそのうちの1つです。カンファの中で、一人の患者さんの事を考えたときに医学だけで問題が解決することは少なく、福祉・介護はもちろん、産業、地域の歴史など広い理解が患者さんの問題解決に必要なことがわかりました。そして他の専門職の方々と相談し、協力して一人の患者さんのために対応することが当たり前になりました。

地域づくりへ

ところが、一人の問題を解決したと思っても、また同じような問題を抱えた患者さんは次々と現れます。患者さんを個別対応していくのでなくもっと多くの人への介入が必要なのではないかと考えるようになりました。そこで、学生時代から興味があったワークショップ(参加者が受け身の状態で情報を得るだけの講義のような場でなく、参加者が能動的に作業や発言することができる場を作る方法論)、研修医のときに知った医療・介護・福祉分野における地域づくり(ここでは、医療・介護・福祉に関して、個人を対象とするのではなく地域を対象として介入することをいう:以下、地域づくり)というやり方が、応用できないかと考えました。

ちょうど、大間町の社会福祉士さんに地域づくりに興味を持っていた方がいらっしゃったことをきっかけに、地域住民を巻き込んだワールドカフェ、自分の最期に対して当事者意識を持つための納棺体験、弁護士・葬儀社・町内の消防・警察の方を招いてのシンポジウムなど様々な活動の企画・運営に関わらせていただくことができました。

地域づくりの活動をしていくなかで、さまざまな地域の住民の方とお話させて頂くことができました。しかしながら、参加される方は限定的であり、広く地域に介入できているとは言い難い状況でした。医療・介護・福祉という言葉は医療者にとっては身近でも、地域に暮らす方々にとっては敷居が高い言葉です。「暮らしの中の身近なところからもっと気軽に医療・福祉・介護に興味を持ってもらえないか。」そういった思いのある方々は自分だけでなく、青森県の各地域にいて、それぞれが独自の活動をしていることがわかりました。単に職業としてだけでなく、一個人として自分の住む地域の医療・介護・福祉に関わっている団体(自主団体)の方々とのネットワークが徐々にできてきました。平成27年に自主団体同士で、それぞれの活動を発表し合い、より強固なネットワークを構築するために、「青森サミット」というイベントが開催されました。そのイベントの基調講演として呼んでいただいたことがきっかけで、平成28年、平成29年と運営にも関わらせていただいております。今は、医療・介護・福祉に限らず、地域経済・人口・住民の生きがいなどをテーマに、地域づくりをしている方々も発表者に加わっていただいています。地域とは境界が不明瞭で曖昧なものではなく、個人個人が集まってできる複雑な集合体です。地域の方々と地域づくりを行うためには、まだまだ課題がたくさんありますが、1つずつ解決して患者さんの暮らしの改善に貢献することができる医療を続けていきたいと思います。

弘前大学で研修を行っている理由

暮らしに貢献する地域医療を行うために医師として働き、治療だけでなく地域づくりなど幅広い活動を行ってきました。活動を続ける間も、社会背景や地域のニーズに適していたか、地域住民のためになっていたかについて常に自問自答の日々を送っていました。そこで、自分の活動・考えを一度整理し、今後地域でどのような活動を展開していくかを考えることができる環境を求めて、弘前大学の大学院に入学すると同時に、そこで1年間の後期研修をすることに決めました。研究機関である大学に身をおくことで、今まで行ってきた自身の活動を、”学術“の観点から客観的に振り返り言語化できるのではないかと期待しています。

今後の展望

地域医療には、まだ明確な定義がないのが現状で、さまざまな地域医療の在り方があると思います。自分はその中でも、地域の人の暮らしの改善に貢献できる医療を行っていきたいと思っています。まだ、手探りでさまざまな活動を通してその在り方を探っている途中ですが、大学での一年間の研修を糧に現場で実践をしていきたいです。誰かの役に立つ方法は無数にあります。もし、自分のやり方に共感してくださる方がいたら、ぜひ一緒に地域で働くことができたらと思います。
みなさんと地域の現場でお会い出来ることを楽しみにしています。


取材・撮影:2017年11月1日