第11回
対談 指導医×後期研修医

青森県で総合診療医を目指すということ

生まれは大阪で初期研修は母校である京都府立医科大学。青森県にゆかりのなかった松井聡介先生が、なぜ青森の地で後期研修医として総合診療医を目指すことにしたのか。松井先生のことをよく知る、総合診療のエキスパート、坂戸慶一郎先生(健生黒石診療所 所長)が聞いた。

坂戸 慶一郎(さかと・けいいちろう)
健生黒石診療所 所長
坂戸 慶一郎(さかと・けいいちろう)
弘前大学医学部卒業(2001年)
専門:家庭医療・総合診療
資格: 日本プライマリ・ケア連合学会 認定医・指導医
日本在宅医療連合学会 専門医・指導医
2013年8月 医療福祉生協連家庭医療学開発センター指導医養成コース修了
[経歴]
1994年4月 弘前大学医学部入学
2001年3月 弘前大学医学部卒業
2001年4月 青森民医連就職
2010年4月 健生黒石診療所着任
松井 聡介(まつい・そうすけ)
後期研修医(総合診療)
健生病院/健生黒石診療所
松井 聡介(まつい・そうすけ)
大阪医科大学卒業(2015年)
専門:家庭医療・総合診療
資格:医師、精神保健福祉士、ホームヘルパー2級
[経歴]
1997年 同志社大学文学部心理学専攻入学
2001年 卒業
2001年 大阪医専、精神保健福祉士コース入学(夜間)
2001年 (有)ファルマコーポレーション入社
2003年 大阪医専卒業
2009年 (有)ファルマコーポレーション退社
2009年 大阪医科大学入学
2015年 大阪医科大学卒業
2015年 京都府立医科大学初期研修開始
2017年 初期研修修了
2017年 青森民医連就職~現在

「医師になって良かった!」と初めて思った青森の医療

坂戸先生

松井先生は京都府立医科大学で初期研修をしていて、地域医療研修で黒石診療所に来てくれたのは嬉しかったですね。いろんな場所を選択できたと思うんだけど、青森を選んだ理由は何だったの?

松井先生

地域医療研修先は沖縄や離島の人気が高く、そのなかに青森がポツンとあるみたいな感じでした。僕はあまのじゃくで、みんなと同じが嫌だったんです(笑)

坂戸先生

「青森に行ってみたい!」ではなかったんだね(笑)

松井先生

そうなんです。それと青森は患者さんも少ないだろうし、ゆったり勤務できると思ったんです。そんな軽い気持ちで選びました。

坂戸先生

それで実際に青森に来てどうだった?

松井先生

患者さんは多く、外来をしたり、訪問診療をしたりと、一カ月間でしたがとても濃密な経験でしたね。外来をさせてもらったのは健生黒石診療所での地域医療研修が初めてだったんです。

坂戸先生

大きい病院の初期研修だと、どうしても見学のようになることがあるよね。

松井先生

はい。それまで外来をしたことがなかったので不安でした。でも坂戸先生が症状ごとに5分位のポイントを押さえた分かりやすいレクチャーをしてくださったので、なんとか対応することができたんです。

坂戸先生

研修医の先生は、これまで経験してできることと、未経験のためにできないことがあるので、一人ひとりの経験値に合わせたレクチャーを心がけています。松井先生は慢性疾患の外来を経験したことがなかったため、「患者さんの状態がこうだから、こういう診療をしたらいいのでは」という、具体的なことを共有することから始めました。経験を重ねるうちに自分で判断できるようになるので、そのときの状況に合わせて全てを任せることもあります。

松井先生

ある日、坂戸先生の本棚の医学書をみたらマーカーがたくさん引いてあったんです。知識がものすごく豊富で、短時間でわかりやすくポイントを教えるのはもの凄い能力だと思いました。人ができるように教えることは、自分でできるようになるよりも難しいことですからね。

坂戸先生

褒めすぎじゃない(笑)。そういえば松井先生はもともと小児外科医を目指していたんだよね。なぜ総合診療医に方向転換をしたの?

松井先生

地域医療研修が終わった後、小児外科医を目指していたのでもう青森には来ることがないだろうと、温泉に入ったり美味しいものを食べたりと青森を十分満喫し、日本酒を沢山買い込んで帰ったんです(笑)。
でも、京都に戻ってから、大きい病院でのカンファに参加していても、患者さんの人となりが見えてこない感じがしたのです。地域医療研修で経験した患者さんとのコミュニケーションがとても楽しかったですし、総合診療医が自分に合っていると思ったんです。

坂戸先生

総合診療を学ぶのは青森県以外にもあると思うんだけど、他は考えてなかったの?

松井先生

ここで地域医療研修を経験して、初めて「医師になって良かった!」と思ったんです。それと坂戸先生をはじめ色んな方にもの凄くお世話になった縁を大切にしたかったので、もう一度こちらで勉強したいと思いました。

坂戸先生

地域医療研修のときに看護師さんたちが青森ツアーを企画して松井先生を案内してくれたんだよね。

松井先生

ええ。休みの日に車で青森県を案内してくれたり、温泉に連れていってくれたり、あと飲食店で知り合った人が観光案内してくれたこともありました。相手をもてなす風土や人の優しさに惚れたというか、そうした人との縁を大切にしたかったんです。

任せられることは信頼であり大きなやりがいとなる

松井先生

実際に総合診療の後期研修医になって、坂戸先生が普段していることがどれだけ難しく大変なことなのか改めてわかりました。病気を診て、人間を診て、地域全体を診て、さらに教育、研究もして、これって凄いことなんだなぁと。

坂戸先生

後期研修医になると周りから求められることや期待されることが大きくなり、任されることも増えるからね。実際に今日も往診で入退院を繰り返している難しい患者さんを任せたよね。臨時往診で対応してもらって助かりました。

松井先生

プレッシャーはありますが、任されることは信頼されている証でもあるので嬉しいですし、やりがいも大きいです。それに、任せてもらえる環境だからこそ、大きく成長できるのではと感じています。

坂戸先生

困難な症例であっても松井先生には任せられるだけの能力があるんですよね。知識、技術、態度など、医師にとって重要な要素はいくつかあるのですが、知識も技術も研鑽を積み重ねればなんとかなる。一番難しいのは態度なんですよね。松井先生は態度が素晴らしくコミュニケーション力が高い。患者さんへの対応に病棟の看護師さんが感動して涙したという伝説もある(笑)

松井先生

患者さんと話すことが好きで、患者さんが困っていることをなんとかしたいと一生懸命に考えているだけなんです。

坂戸先生

それが医師としてもの凄く大切なことなんだよね。

美味しくて楽しい青森での生活

坂戸先生

松井先生は青森での生活も楽しんでいるよね。雪が多いとか青森県のネガティブなイメージはなかったの?

松井先生

なかったですね。自然が好きですし、冬は趣味のスキーをするために、毎日スキー場に来ているような楽しさがあります(笑)。それと、雪かきをしながら一日を振り返り、考えを整理する時間も好きなんですよ。

坂戸先生

松井先生が育った大阪などの都市部と比べて生活に不便さは感じなかった?

松井先生

初めて青森に来て感じたのは、思っていた以上に都会だったこと(笑)。マクドナルドもあるし、ドンキホーテもあるし、スーパーもありますし、生活の不便さは一切感じていません。地方に行って不便なことは今の時代はないと思います。本や欲しいものがあればネットで買えますしね。青森県はお酒も美味しいし、食事も美味しいし、僕にとって最高の生活環境です。

総合診療医としての実力を得る最良の医療環境

坂戸先生

青森県は広い面積に人口が散在していて医師数も少ないため、子どもから大人まで診ることができる医師、そして患者さんの生活背景など、困難な部分に光を当てて診ることができる医師が求められています。こうした青森の医療環境は総合診療医としての実力を習得するための最良の場所だと思うんですよね。

松井先生

青森県では、SDH(Social Determinants of Health:健康の社会的決定要因)の視点で患者さんを診ることがとても重要になりますよね。

坂戸先生

そうだよね。生活困窮者は病気になりやすく、糖尿病などの有病率も高い。それに青森県は残念なことに短命県です。しかし、いろんな健康指標が良くなかったり、住民からの医療ニーズが高い分、医師としていろんな取り組みができます。僕が健生黒石診療所に着任してから地域のニーズに応えるために小児の診療を始めました。準備は大変でしたが、新たな取り組みをスタッフのみんなと一緒にカタチにしていくのは楽しかったですし、やりがいがありましたね。

松井先生

新しい取り組みでいうと、去年から住民向けにスーパーの軒先を借りて健康相談会をしています。青森の人はなかなか病院に行こうとしませんから、住民と医療人が親しくなることで、「あの先生と話したことがあるから」と気軽に病院に来てくれる環境をつくりたいですよね。それが予防医学にも繋がりますから。

坂戸先生

そうした取り組みは重要ですし、それが重要であると考えていてくれることが総合診療医としての資質としてとても大事なことだと思います。

松井先生

それと青森県は医師数が少ないため、医師同士の顔が見えやすいのもいいですよね。

坂戸先生

確かにそうだよね。顔が見えるから、この症状だったらこの病院の○○先生が詳しいとか、○○先生だったら紹介を受けてくれるというのがわかる。

松井先生

後期研修医になって周りからの期待も大きくなりプレッシャーもありますが、働く環境がいいのでぜんぜん苦ではなく、むしろ楽しいですね。専門医資格を取った後も青森県にずっといたいと思っています。青森の医療や生活環境が自分に合っているということもありますし、お世話になっている方々へ恩返ししたいという気持ちも大きいんです。

坂戸先生

もの凄くありがたいですし、嬉しい言葉ですね。松井先生が青森に来てくれたことはみんな喜んでいますし、松井先生を始め、若い先生方と共にいろんな取り組みをして青森の医療を盛り上げていけたら最高ですね。

取材・撮影:2019年10月15日