第8回
日本の近未来の医療、そして世界が注目する医療が青森にある

質の高い医療と世界に誇れる高レベルな研究
青森県ならではの、ここでしか経験できない医療があります

弘前大学の泌尿器科学講座・先進移植再生医学講座・先進血液浄化療法学講座では最先端医療を積極的に実施し、世界から注目される研究が行われている。大山 力教授が語る、青森県発の日本の近未来医療と世界をリードする研究とは?

弘前大学大学院医学研究科
泌尿器科学講座・先進移植再生医学講座・先進血液浄化療法学講座 教授
大山 力(おおやま・ちから)

弘前大学卒業(1984年)
専門:腎・泌尿器悪性腫瘍の診断と治療、前立腺癌、膀胱癌、精巣腫瘍、腎癌、癌化学療法、尿路変向術、ロボット手術、腹腔鏡手術、血液浄化療法、腎移植、抗加齢医学、糖鎖生物学

Q 弘前大学 泌尿器科学講座の臨床と研究、それぞれの特徴を教えてください

2004年8月に私が教授として着任した当初から、腹腔鏡手術や腎移植など高度な先端医療を積極的に導入し、ロボット手術も2011年という早い段階から開始しました。また、講座の所属員にはそのような高度な手技を早い段階から経験を積んでもらう教育方針であり、卒後5~10年の若い医師たちがロボット手術や移植手術などの執刀医として活躍しています。

研究面でいうと、当講座は「糖鎖生物学」の世界的研究拠点のひとつとなっています。糖鎖は癌細胞が転移する際に、肺や肝臓などの標的臓器に接着する最初の分子であるため、糖鎖構造を改変することで癌の転移を阻害することができます。さらに血液中の糖タンパク質を測定することで、前立腺癌の正確な診断や腎移植後の拒絶反応の予知が可能になります。このような実臨床で使えるバイオマーカーの研究にも力を入れています。

臨床でも研究でも新しいアプローチを積極的に取り入れていますし、臨床の現場で遭遇する疑問を基礎研究のテクノロジーで解決するなど、常に臨床と研究をリンクさせながら、質の高い医療と世界に誇れる高レベルな研究を目指しています。

Q 泌尿器科医としてキャリアを積む魅力は何でしょうか

泌尿器科で扱う患者さんは老若男女を問いませんし、悪性・良性腫瘍、排尿障害、神経疾患、男性不妊症、勃起障害、女性泌尿器科、腎血管外科、腎移植、尿路感染症、先天奇形、小児泌尿器科、内分泌・代謝疾患、結石症など、身体全体にわたる非常に幅の広い診療領域であることが特徴です。診療の一面を診るのではなく、診断から治療、そして長期間のフォローアップと、一人の患者さんやご家族と長期間にわたってお付き合いでき、全人的医療を実践できるのも泌尿器科の魅力です。
さらに、加齢によりテストステロンが下がることで発症する男性の更年期障害の治療など、泌尿器科は抗加齢学(アンチエイジング)にも大きく関わっています。
日本は今、急速な超高齢化に直面しており、泌尿器科に対する社会的ニーズは着実に高まり、泌尿器科医の果たすべき役割もますます大きくなっています。また、“泌尿器科は外科的治療のみ”というイメージを持つ方もいますが、薬物療法など内科的な医療も行うため、“つぶしが効く”診療科でもあり、幅広い領域で活躍することもできます。

Q 泌尿器科学講座は人気が高くなり、多くの女性医師も活躍できる場となったきっかけはありますか

私が着任して最初に講座に参入してくれたのは女性医師でした。彼女は子育ての真っ最中であり、フルタイムで働くことが困難な状況でした。当時、私たちの講座の医師数は7名と少人数だったこともあり、「0.5人分でもいいからぜひ働いてもらいたい」と思い、時短勤務や「体調が悪いときは休憩室のベッドで休んでいてもいいよ」という彼女に合わせた特別メニューをつくって働いてもらいました。それが2005年のことです。その後彼女は、学位と専門医を取得し、女性医師としてロボット手術のパイオニアになりました。
女性医師の新しいワーキングスタイルを実践したことで、そうした取り組みが口コミで広がり、女性医師でも働きやすい教室として定着していったと思います。
これまで出産や子育てを契機に講座を辞めた女性医師はいません。みなさんしっかり育児休暇を取得し、余裕をもって復帰していただき活躍されています。

Q 大山先生の教育方針や指導なども人気の所以だと思いますが、何か特別に意識されていることはありますか

教授として着任した2004年の翌年に初期臨床研修制度が始まり、その後5年間は講座に新人が入ってきませんでした。講座の所属員が7名と少なかったからこそ、より「一人ひとりの先生を大事に育てよう」「一人の落後者も出さないぞ」という強い意思がありました。
チームリーダーとして医師一人ひとりの異なる性格や能力、価値観に合わせた教育、指導を心がけ、チーム全体で高みに登っていくことを目指しました。人数は少なくても、一人一人の能力を最大限に伸ばし、発揮してもらい、リーダーが方向性を間違えずにチームをリードすれば、小さくても強いチームを作れるのではないかと思いました。このような構想によってみなが一つにまとまり、活気ある教室になったことで講座の所属員も増えていったと思います。能力のある人はどんどん伸びていってもらいます。また、多少力が劣っているように見えても、誰にでも良いところ、得意なことがあります。短所で人を判断せず、その人の能力を最大限に発揮してもらい、その成長したパフォーマンスを見るときに大きな喜びを感じます。
現在では大学に15名、各関連施設に4~5名と講座の所属員が充実したことで、医師一人ひとりの負担軽減と余裕をもって働く環境を整えることもできました。毎年、平均すると数名の入局者がありますが、これまで誰も講座を辞めていないのは大きな誇りです。
また、教室に基礎研究を専門に担当するスタッフが3名在籍する点も重要なポイントです。欧米ではこのような教室が一般的で、臨床の教室で基礎研究者と臨床医が協力しつつ業績を蓄積しています。臨床医が基礎研究と臨床研究を両立することは容易ではない時代ですので、チーム内の分業で対応しています。

Q 近年、働き方の多様性によって講座に所属しない医師も多いですが、大学(講座)に所属する良さは何でしょうか

医学は日進月歩で進歩しており、現役の医師である限り、どんなに年老いても常にアップデートが必要です。大学の講座は専門医資格や学位の取得だけではなく、医師の生涯教育においても重要な役割を果たします。講座に属していないと、充実した生涯教育を完遂するというのはなかなか難しいのではと思います。
また、基礎研究ができることも講座に所属する大きなメリットです。日々の診療のなかで、「こういう病気はどうしたらいいんだろう?もっと上手く治療する方法はないのだろうか?」と疑問を感じたとき、大きな助けとなるのが基礎研究です。若いときに研究や研究留学を経験することで、日々の臨床で感じた疑問を解決する術を身に付けることができ、息が長く、腕の良い医師であり続けることができるでしょう。
また、年齢を重ねるほど、医師として育ててもらったゆりかごとしての講座は大切な存在になります。先輩、同期、後輩と共に学んだ自分の故郷は、長い医師人生のなかで幾度となく大きな支えとなるはずです。

Q 青森県で臨床研究をする魅力は何でしょうか

青森県は広い県土に医療機関が点在しています。医療圏として、津軽、西北五、青森、下北、上十三、八戸と区分することができますが、各々の地域にとても充実した拠点病院があります。大都市圏ですと、コンビニ受診的な傾向がありますが、青森県の医療圏では、しっかりした医療を提供していれば患者さんが同じ医療機関にずっと通ってくれることが特徴です。つまり、ある疾患を初期治療から治療完遂まで全経過を把握することが可能なのです。これは青森県ならではの特徴であり、日本はもとより世界の医療界にとっても大きな財産となるものです。日常診療のデータ解析によって、リアルワールドでの臨床研究が自然にできてしまうという魅力的な医療圏です。
たとえば癌治療は生存率が重要な指標となります。それを調査するには、治療開始から患者さんが亡くなるまでの経過観察を継続して行う必要があります。当講座では、関連施設の先生方との連携も密接で地域連携が実施しやすいこともあって、患者さんのフォローアップ率が100%であり、生存率曲線の正確なデータを出すことができます。すなわち、自分たちの医療行為の自己評価が可能になり、それを直ちに日常診療に還元できるという素晴らしい環境にいるわけです。コンビニ受診の多い地域では、患者さんの生涯フォローアップやの医療行為の自己評価は不可能です。
世界を見渡しても、そうした正確な生存率曲線を出せる地域は少なく、当講座のエビデンスデータは世界でも大きく注目されています。

Q 青森県は高齢化率が非常に高く、しかも短命県という特徴もありますがいかがですか

高齢化率の高さや短命県はネガティブなことですが、医療側としては近未来の日本医療のモデル地区として新たな診療や研究の先陣をきることができる魅力があります。
泌尿器科は高齢患者さんが多いのですが、80歳で歩ける人もいれば、60歳代で歩くことが困難な人もいます。いろいろなパラメーターで入院した患者さんを調べると、年齢が若くても歩くスピードが遅い人、握力が弱い人、アルブミンというタンパク質が低い人はせん妄になりやすいなど手術侵襲に弱いことがわかりました。そうした脆弱性を数値化(フレイルポイント)して患者さんを評価することで、一人ひとりに最適なケアを提供することが可能となります。こうした臨床研究はこれから超高齢化を迎える日本の医療にとって重要な意味を持ちます。

また、青森県は癌患者さんが多く、新薬の治験や臨床試験も多く行われています。当講座は国内でも有数の治験実施施設となっており、癌免疫療法の薬剤であるオプジーボもここで臨床試験をして承認されました。患者さんにとっては、国内承認前の新しくて有効な医薬品をいち早く体験できるというメリットがあります。
膀胱癌の診療ガイドラインにおいても、青森県は症例数が全国的にも豊富なため、当講座はガイドラインの重要なパートを担当しています。
超高齢化や短命県など、今、青森県で問題になっている医療問題に真っ向から取り組むことは、日本の近未来に訪れる問題を先取りした医療を学び、研鑽できることであり、医師として得られるものはどこよりも大きいと思います。

Q 医学生や若手医師のみなさんにメッセージをお願いします

臨床でも研究でも青森県ならではの、ここでしか経験できない医療があります。
青森県という日本の近未来の医療と、世界が注目する医療環境のなかで多くのことを積極的に経験していただき、日本の未来の臨床・研究の先陣をきって思う存分活躍してください。若い医師のみなさんの成長と活躍を楽しみにしています。

弘前大学 泌尿器科学講座の紹介動画もありますので、ぜひご覧ください。
Hirosaki University Hospital, Department of Urology – Leading Urologic Care in Hirosaki, Japan
https://youtu.be/5-RUTeHyw0E

取材・撮影:2019年10月17日