第1回
地の利を活かした育成環境~青森県で育つ総合診療医~

これからの医療を担う医師に必要な、
真の総合診療力を習得できるフィールドは青森県にあり。

青森県病院事業管理者の吉田先生、青森県良医育成支援特別顧問の小川先生、東通地域医療センター所長の川原田先生、弘前大学医学部総合地域医療推進学講座講師の米田先生による座談会を開催。
それぞれの視点から、青森県の医療の特徴や医師として成長する魅力を語りあっていただきました。

  • 青森県病院事業管理者 吉田 茂昭 (よしだ しげあき)

    青森県病院事業管理者
    吉田 茂昭 (よしだ しげあき)

    北海道大学卒(昭和46年)
    専門:消化器内科
    国立がんセンター東病院長などを経て平成19年から現職

  • 青森県良医育成支援特別顧問 小川 克弘 (おがわ よしひろ)

    青森県良医育成支援特別顧問
    小川 克弘 (おがわ よしひろ)

    弘前大学卒(昭和41年)
    専門:産婦人科
    むつ総合病院長などを経て平成24年から現職

  • 東通地域医療センター所長 川原田 恒 (かわらだ ひさし)

    東通地域医療センター所長
    川原田 恒 (かわらだ ひさし)

    自治医科大学卒(昭和57年)
    専門:外科、地域医療
    市浦村診療所長などを経て平成11年から現職

  • 弘前大学医学部 総合地域医療推進学講座講師 米田 博輝 (まいた ひろき)

    弘前大学医学部
    総合地域医療推進学講座講師
    米田 博輝 (まいた ひろき)

    自治医科大学卒(平成12年)
    専門:地域医療
    十和田湖診療所長などを経て平成28年から現職

頼られ、幅広く任せられる環境と密な連携が総合診療力のある医師へと成長させる

吉田先生

青森県の医療の一つの特徴として、医療機関同士の競争が少ないことがあげられます。大都市のように狭い面積に大きな病院が林立し、互いに患者さんの争奪戦を展開するということもなく、各地域にある中核病院を中心にそれぞれの医療機関の特性を活かしながら連携を深め、助け合いの精神で広い地域にいる患者さんをいかにカバーしていくか、というのが青森県の一般的な医療モデルなのではないかと思います。

小川先生

青森県は自治体立の診療所、病院が主流であり、大きな私立病院がありません。競争ではなく、各医療機関が持ち味を活かしながら各地域で病診・病病連携、他職種との連携を密にした医療を展開していますよね。

川原田先生

東通地域医療センターのある下北地域は基幹病院が一つしかありません。その基幹病院であるむつ総合病院を中心として連携がよくできていると感じています。青森県には6つの圏域があるのですが、各地域には“たらい”が一つしかありませんから、当然“たらい回し”がなく、地域医療に従事する私たちにとっても大変助かっています。さらに2機の運航体制にあるドクターヘリがあることも大きな安心です。

吉田先生

つまり、青森県の医療はと言えば、面積との戦いなんですね。広い面積に患者さんが分散しているため、各医療機関との連携やドクターヘリ、それにヘルスプロモーションカー(地域巡回型車輌)などを活用して、この広大な県土にまつわる医療上の課題をどのように克服していくのかということに尽きるのだと思います。

川原田先生

東通地域医療センターでは2012年の秋からヘルスプロモーションカー(地域巡回型車輌)を地域内に走らせ、在宅医療や保健、介護の現場などで活躍しています。通院しなくても、患者さんのいる場所で検査などができるため、在宅の患者さんが増えてきている状況です。ヘルスプロモーションカーは地域医療のさまざまなことを学べるため、研修医の勉強にとっても大変有効なものではないかと感じています。

米田先生

青森県もそうですが、地方における医療の現場ではマンパワーが限られているので、総合診療医として多くの疾患に対応する機会や任せられる場面も多くあります。非常に使命感をもって医療に臨むことができる環境は「自分たちがやるんだ!」という高い意識を持たせてくれるため、研修医や若い医師にとって確かな総合診療力を養う場として最適であると思います。

吉田先生

たとえば臓器別の専門医だけ集めて病院を運営しようとすると、数十名といった数の専門医が必要になりますし、どこかの科が一つでも抜けるとそのダメージは全体に及びます。一方、総合診療医は守備範囲がきわめて広いため、十名以下でも病院として高い診療能力を発揮できますし、医師が欠けた場合のダメージも互いにカバーし合えます。青森県が求めている医療の大部分は総合診療医に委ねざるを得ない状況と言えますし、その分、総合診療医の活躍に期待するところは大きいですね。

米田先生

私が地域医療に役立つ情報を発信するサイト「ROCKY NOTE(ロッキーノート)」を立ち上げたきっかけは、地域医療の場では扱う疾患が非常に多く、自分の調べた資料が膨大になったため、自分のためにノートをまとめたことが始まりです。それを地域医療に従事する医師たちが、いつでもどこでも困ったときに活用してほしいと思いネット上にアップしました。こうした取り組みができたのも、責任をもってさまざまなことを任せていただき、やりがいをもって頑張ることができる環境にあったからだと思います。

吉田先生

それが青森流の一つの成果の現れだと思います。青森県の医療は都市部と違って競争がなく、それぞれの公的な持ち場が決まっているからこそ責任をもって任せる環境、頼られる環境にあり、医師は大きなやりがいをもつことができます。それと、総合診療医は連携という部分でも大きな役割を果たす存在でもあります。各診療科、各医療機関の横を繋ぐ存在でもあり、従来の縦割り医療ではない、日本の新たな医療文化を創る大きなパワーにもなっていると思います。

川原田先生

連携についてですが、たとえば患者さんを青森県立中央病院に送ると、連携パスがしっかりと構築されているのでフィードバックもしっかりあり、自分の診断が正しかったのかどうかが分かるため非常に勉強になります。基幹病院や中核病院にいる専門医の先生方が地域の総合診療医に対する理解があるからこそ円滑な連携を可能にしているのだと感じています。

米田先生

それに青森県では臓器別専門医であっても、特定の臓器、疾患しか診ないというのではなく、幅広く診ることができる先生が多いですよね。2025年に向けて超高齢化社会が訪れるわけですが、時代の流れで捉えると日本のなかで青森県は一歩時代を先取りした医療を展開していると思います。これからの時代に対して見えてくる理想の医師像は総合診療医であり、19番目の新たな基本診療科として臓器別の専門医と肩を並べる位置になったのは自然の流れだと思います。

小川先生

過去の医学部教育・卒後教育では、臓器別・疾患別に細分化した専門医を育成してきました。結果、地域医療の現場において、たとえ中核病院であっても患者さんをプライマリに診る必要があるにもかかわらず、「これは出来るが、これは出来ない」といった事が起きてしまう。そうなると、院内での患者さんの紹介や当直体制が上手くまわらないなどの弊害も発生します。
今後は、基幹病院であっても、中核病院・診療所であっても、しっかりと教育を受けた総合診療医が多数養成されるのは大いに期待される事だと思っています。

吉田先生

総合診療医の役割として、地域社会の特性や住民の生活も含め、これらの視点を医療のなかに取り込む姿勢も重要だと思います。総合診療医は病気だけでなく、患者さんが生活する地域、さらには生業にまで目を向ける、これまでの医学教育にはない視点です。だから、総合診療医は患者さんにとっていちばんありがたい存在になっているのだと思います。

小川先生

総合診療医は単に幅広い病気を診ることだけではなく、他職種や地域社会との連携という部分においても重要な役割を担っています。

川原田先生

他職種連携なしには高齢者に対する医療はできません。青森県の医療は連携の歴史が長く、私が医師になった20年ほど前から圏域ごとにいわゆる包括ケアシステムの体制が構築されていました。青森県は高齢者の居る地域が分散しており、高齢者に対する医療は介護、福祉を含めた他職種連携がないとできません。総合診療医の一つの特徴が多様性と言われていますが、他職種を繋ぐ役割もあります。青森県では過去の長い地域医療の歴史の中で、連携体制が構築されているため、総合診療医にとって仕事がしやすく、患者さんにとっても良い環境にあると思います。



青森県は、住民、地域社会、行政が一体となって
これからの時代に活躍できる医師を育てます

吉田先生

今という時代は、住民の生活や地域社会の特徴を理解し、病気の面からだけではなく社会的な面からも診ることができる総合診療医を求めています。また、たとえば県庁のような行政の場に転進し、総合診療医として地域医療をどのように展開していくのかを提言していくという道もあると思います。地域における総合診療医の役割は今後、ますます大きくなっていくのではないでしょうか。

川原田先生

地域医療の場では、医療機関だけではなく地域住民の方々や行政が一体となって医師を受け入れることが肝だと思っています。東通地域医療センターでは毎年20人程度の臨床研修医を受け入れていますが、当院の研修委員会では行政の方も入っていただき、研修プログラムの内容や医師の受け入れ手順などをマニュアル化しています。患者さんも非常に協力的で研修医の先生方に励ましの言葉を掛けてくれる。新たに赴任した先生を地域の広報誌に掲載するなど、医師が地域に打ち溶けやすい環境もつくっています。

吉田先生

地域住民の方々や行政も参加し、医師を育てる環境をつくることは非常に大切ですよね。

川原田先生

面白い取り組みとしては、地域社会も診るのが総合診療医ですから、地域を知るために農業体験、漁業体験、お寺の行事体験ができるプログラムもあります。協力してくださった住民の方々には地域医療功労賞という感謝状を贈り、行政と地域社会が一体となって研修医を受け入れています。

小川先生

川原田先生が紹介してくれたこのような取り組みは非常に魅力的だと思います。医学生、研修医、若い医師のみなさんに、こうした取り組みをしっかりアピールしていきたいですよね。

川原田先生

研修医は東京や神奈川、千葉、そして京都からも来てくれています。特に外来面接は非常に好評です。外来の様子をビデオに撮り、研修医と一緒に観ながらフィードバックをすると客観的に自分の欠点をよく知ることができます。外来では患者さんとのラポール形成が非常に重要ですが、それを学ぶために、研修医の先生方にはまず診察に対する目的を明確にします。目的がはっきりすると、自ずと手段、知識、技術が必ず付いてくる。すると、みなさん「そういうことなんですね!」と目から鱗が落ちる体験をします。在宅医療の研修でも「在宅医療ってこんなにおもしろいんだ!」と言ってくれる。青森県は他職種連携がしっかりしており、在宅医療のやりやすい地域ということもあって非常に興味を持ってくれますし、みなさん楽しそうに研修をしています。

吉田先生

青森県は医師と患者、住民との関係性も良く協力的ですから、人間関係の薄い都会よりも学びやすい環境と言えますね。だから非常に濃密な研修ができるのだと思います。

川原田先生

時間外救急も受け入れているのですが、患者さんは非常に申し訳なさそうに入って来ますし、夜の10時以降は遠慮して救急外来にあまり来ないんです。住民の方々の「お医者さんにあまり迷惑をかけたくない」という優しい心も、研修医の先生方にとても響いています。

米田先生

それと、困っているというときに必ず助けてくれる先生が必ずいるのも青森県の医療の魅力だと思います。地域ではさまざまな病気を診るわけですから、当然分からないことや自分では対処できないこともあります。他の医師や紹介などで患者さんをお願いしても、ないがしろにされた経験は一度もありません。地域医療を理解してくれている先生は多く、何か困ったことがあっても自分の周囲に支えてくれる先生方がいるのは地域の医師にとって大きな安心です。

川原田先生

総合診療専門医が獲得すべき6つのコアコンピテンシー(1.人間中心の医療・ケア、2.包括的統合アプローチ、3.連携重視のマネジメント、4.地域志向アプローチ、5.公益に資する職業規範、6.診療の場の多様性)、その全てが青森県にありますよね。

小川先生

青森県全体が、真の総合診療力を養うための非常に魅力的なフィールドでありロールモデルの宝庫です。青森から一人でも多くの患者さんや地域に寄り添える総合診療医を育成するために、県の立場としてバックアップしていくつもりです。

吉田先生

最後にありきたりですが、青森県は住むのに良い所、人も食べ物も自然も素晴らしい。良い土地であることは間違いないと素直に言えますね。

取材・撮影:2017年2月15日